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」
「犬は残酷ですね。犬に比較された事はこれでもまだありませんよ」
「僕は何だか君の話をきくと、昔(むか)しの芸術家の伝を読むような気持がして同情の念に堪(た)えない。犬に比較したのは先生の冗談(じょうだん)だから気に掛けずに話を進行したまえ」と枺L君は慰藉(いしゃ)した。慰藉されなくても寒月君は無論話をつづけるつもりである。
「それから徒町(おかちまち)から百騎町(ひゃっきまち)を通って、両替町(りょうがえちょう)から鷹匠町(たかじょうまち)へ出て、県庁の前で枯柳の数を勘定して病院の横で窓の灯(ひ)を計算して、紺屋橋(こんやばし)の上で巻煙草(まきたばこ)を二本ふかして、そうして時計を見た。……」
「十時になったかい」
「惜しい事にならないね。――紺屋橋を渡り切って川添に枺厣希à韦埽─盲菩肖取茨Γàⅳ螭蓿─巳摔ⅳ盲俊¥饯Δ筏迫筏辘朔停à郏─à蓼筏郡柘壬
「秋の夜長に川端で犬の遠吠をきくのはちょっと芝居がかりだね。君は落人(おちゅうど)と云う格だ」
「何かわるい事でもしたんですか」
「これからしようと云うところさ」
「可哀相(かわいそう)にヴァイオリンを買うのが悪い事じゃ、音楽学校の生徒はみんな罪人ですよ」
「人が認めない事をすれば、どんないい事をしても罪人さ、だから世の中に罪人ほどあてにならないものはない。耶蘇(ヤソ)もあんな世に生れれば罪人さ。好男子寒月君もそんな所でヴァイオリンを買えば罪人さ」
「それじゃ負けて罪人としておきましょう。罪人はいいですが十時にならないのには弱りました」
「もう一返(ぺん)、町の名を勘定するさ。それで足りなければまた秋の日をかんかんさせるさ。それでもおっつかなければまた甘干しの渋柿を三ダ工馐长Δ怠¥い膜蓼扦饴劋槭畷rになるまでやりたまえ」
寒月先生はにやにやと笑った。
「そう先(せん)を越されては降参するよりほかはありません。それじゃ一足飛びに十時にしてしまいましょう。さて御約束の十時になって金善(かねぜん)の前へ来て見ると、夜寒の頃ですから、さすが目貫(めぬき)の両替町(りょうがえちょう)もほとんど人通りが絶えて、向(むこう)からくる下駄の音さえ淋(さみ)しい心持ちです。金善ではもう大戸をたてて、わずかに潜(くぐ)り戸(と)だけを障子(しょうじ)にしています。私は何となく犬に尾(つ)けられたような心持で、障子をあけて這入(はい)るのに少々薄気味がわるかったです……」
この時主人はきたならしい本からちょっと眼をはずして、「おいもうヴァイオリンを買ったかい」と聞いた。「これから買うところです」と枺L君が答えると「まだ買わないのか、実に永いな」と独(ひと)り言(ごと)のように云ってまた本を読み出した。独仙君は無言のまま、白と浅灡Pを大半埋(うず)めてしまった。
「思い切って飛び込んで、頭巾(ずきん)を被(かぶ)ったままヴァイオリンをくれと云いますと、火悚沃車欷怂奈迦诵∩淙羯郡蓼盲圃挙颏筏皮い郡韦@いて、申し合せたように私の顔を見ました。私は思わず右の手を挙げて頭巾をぐいと前の方に引きました。おいヴァイオリンをくれと二度目に云うと、一番前にいて、私の顔を覗(のぞ)き込むようにしていた小僧がへえと覚束(おぼつか)ない返事をして、立ち上がって例の店先に吊(つ)るしてあったのを三四梃一度に卸(おろ)して来ました。いくらかと聞くと五円二十銭だと云います……」
「おいそんな安いヴァイオリンがあるのかい。おもちゃじゃないか」
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「みんな同価(どうね)かと聞くと、へえ、どれでも変りはございません。みんな丈夫に念を入れて拵(こし)らえてございますと云いますから、蝦蟇口(がまぐち)のなかから五円札と銀貨を二十銭出して用意の大風呂敷を出してヴァイオリンを包みました。この間(あいだ)、店のものは話を中止してじっと私の顔を見ています。顔は頭巾でかくしてあるから分る気遣(きづかい)はないのですけれども何だか気がせいて一刻も早く往来へ出たくて堪(たま)りません。ようやくの事風呂敷包を外套(がいとう)の下へ入れて、店を出たら、番頭が声を揃(そろ)えてありがとうと大きな声を出したのにはひやっとしました。往来へ出てちょっと見廻して見ると、幸(さいわい)誰もいないようですが、一丁ばかり向(むこう)から二三人して町内中に響けとばかり詩吟をして来ます。こいつは大変だと金善の角を西へ折れて濠端(ほりばた)を薬王師道(やくおうじみち)へ出て、はんの木村から庚申山(こうしんやま)の裾(すそ)へ出てようやく下宿へ帰りました。下宿へ帰って見たらもう二時十分前でした」
「夜通しあるいていたようなものだね」と枺L君が気の毒そうに云うと「やっと上がった。やれやれ長い道中双六(どうちゅうすごろく)だ」と迷亭君はほっと一と息ついた。
「これからが聞きどころですよ。今までは単に序幕です」
「まだあるのかい。こいつは容易な事じゃない。たいていのものは君に逢っちゃ根気負けをするね」
「根気はとにかく、ここでやめちゃ仏作って魂入れずと一般ですから、もう少し話します」
「話すのは無論随意さ。聞く事は聞くよ」
「どうです苦沙弥先生も御聞きになっては。もうヴァイオリンは買ってしまいましたよ。ええ先生」
「こん度はヴァイオリンを売るところかい。売るところなんか聞かなくってもいい」
「まだ売るどこじゃありません」
「そんならなお聞かなくてもいい」
「どうも困るな、枺L君、君だけだね、熱心に聞いてくれるのは。少し張合が抜けるがまあ仕方がない、ざっと話してしまおう」
「ざっとでなくてもいいから緩(ゆっ)くり話したまえ。大変面白い」
「ヴァイオリンはようやくの思で手に入れたが、まず第一に困ったのは置き所だね。僕の所へは大分(だいぶ)人が撸Г婴摔毪闇缍啵à幛盲浚─仕丐证椁丹菠郡辍⒘ⅳ茟窑堡郡辘工毪趣工奥兑姢筏皮筏蓼ΑQà蚓颏盲坡瘠幛沥憔颏瓿訾工韦娴工坤恧Α
「そうさ、天井裏へでも隠したかい」と枺L君は気楽な事を云う。
「天井はないさ。百姓家(ひゃくしょうや)だもの」
「そりゃ困ったろう。どこへ入れたい」
「どこへ入れたと思う」
「わからないね。戸袋のなかか」
「いいえ」
「夜具にくるんで戸棚へしまったか」
「いいえ」
枺L君と寒月君はヴァイオリンの隠(かく)れ家(が)についてかくのごとく問答をしているうちに、主人と迷亭君も何かしきりに話している。
「こりゃ何と読むのだい」と主人が聞く。
「どれ」
「この二行さ」
「何だって? quid aliud est mulier nisi amiciti inimica[#「amiciti 」は底本では「amiticiae」]……こりゃ君羅甸語(ラテンご)じゃないか」
「羅甸語は分ってるが、何と読むのだい」
「だって君は平生羅甸語が読めると云ってるじゃないか」と迷亭君も危険だと見て取って、ちょっと逃げた。
「無論読めるさ。読める事は読めるが、こりゃ何だい」
「読める事は読めるが、こりゃ何だは手ひどいね」
「何でもいいからちょっと英語に訳して見ろ」
「見ろは烈しいね。まるで従卒のようだね」
「従卒でもいいから何だ」
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「まあ羅甸語などはあとにして、ちょっと寒月君のご高話を拝聴仕(つかまつ)ろうじゃないか。今大変なところだよ。いよいよ露見するか、しないか危機一髪と云う安宅(あたか)の関(せき)へかかってるんだ。――ねえ寒月君それからどうしたい」と急に仛荬摔胜盲啤ⅳ蓼骏籁ˉぅ辚螭沃匍g入りをする。主人は情(なさ)けなくも取り残された。寒月君はこれに勢を得て隠し所を説明する。
「とうとう古つづらの中へ隠しました。このつづらは国を出る時御祖母(おばあ)さんが餞別にくれたものですが、何でも御祖母さんが嫁にくる時持って来たものだそうです」
「そいつは古物(こぶつ)だね。ヴァイオリンとは少し眨亭筏胜い瑜Δ馈¥亭|風君」
「ええ、ちと眨亭护螭扦埂
「天井裏だって眨亭筏胜い袱悚胜い工群戮蠔|風先生をやり込めた。
「眨亭悉筏胜い⒕浃摔悉胜毪琛残膜方oえ。秋淋(あきさび)しつづらにかくすヴァイオリンはどうだい、両君」
「先生今日は大分(だいぶ)俳句が出来ますね」
「今日に限った事じゃない。いつでも腹の中で出来てるのさ。僕の俳句における造詣(ぞうけい)と云ったら、故子規子(こしきし)も舌を捲(ま)いて驚ろいたくらいのものさ」
「先生、子規さんとは御つき合でしたか」と正直な枺L君は真率(しんそつ)な伲鼏枻颏堡搿
「なにつき合わなくっても始終無線電信で肝胆相照らしていたもんだ」と無茶苦茶を云うので、枺L先生あきれて黙ってしまった。寒月君は笑いながらまた進行する。
「それで置き所だけは出来た訳だが、今度は出すのに困った。ただ出すだけなら人目を掠(かす)めて眺(なが)めるくらいはやれん事はないが、眺めたばかりじゃ何にもならない。弾(ひ)かなければ役に立たない。弾けば音が出る。出ればすぐ露見する。ちょうど木槿垣(むくげがき)を一重隔てて南隣りは沈澱組(ちんでんぐみ)の頭領が下宿しているんだから剣呑(けんのん)だあね」
「困るね」と枺L君が気の毒そうに眨婴蚝悉铯护搿
「なるほど、こりゃ困る。論より証拠音が出るんだから、小督(こごう)の局(つぼね)も全くこれでしくじったんだからね。これがぬすみ食をするとか、贋札(にせさつ)を造るとか云うなら、まだ始末がいいが、音曲(おんぎょく)は人に隠しちゃ出来ないものだからね」
「音さえ出なければどうでも出来るんですが……」
「ちょっと待った。音さえ出なけりゃと云うが、音が出なくても隠(かく)し了(おお)せないのがあるよ。昔(むか)し僕等が小石川の御寺で自炊をしている時分に鈴木の藤(とう)さんと云う人がいてね、この藤さんが大変味淋(みりん)がすきで、ビ毪螐岳à